幕末を駆け抜けた薩摩のヒーロー・小松帯刀

大河ドラマ「篤姫」がブームとなった際、薩摩以外ではあまり知られていなかった一人の幕末の雄が世間の注目を集めました。
その人の名は小松帯刀。
帯刀と書いて「たてわき」と読み、それはなた豆の別称でもあります。なた豆と関わりある人物・小松帯刀の生涯を追ってみましょう。
小松帯刀、本名「清簾(きよかど)」は、薩摩藩の肝付家に生まれ、その後島津斉彬の側近である名家、小松家の養子となります。
島津斉彬の弟・久光に認められ、江戸にも随行しました。
性格は温和で真面目、西郷隆盛や大久保利通とも親しく、皆の調整役となっていたようです。
江戸から帰った後も家老として久光を支え、京都の薩摩藩邸に勤め外交に携わります。その際に坂本龍馬と親しくなり討幕運動の裏方として活躍し、西郷・大久保らと藩の実権を握ります。
日の当たる場所に出る機会は少なかったものの、薩摩藩の縁の下の力持ちとして新たな時代の始まりを支え、36歳で亡くなりました。
帯刀は変革の時代を太く短く駆け抜けた、薩摩のヒーローの一人なのです。

帯刀となた豆、実は同名?

薩摩地方では、なた豆の若いさやを漬けたものを「タッパケ」と呼び古くから食してきました。

このタッパケとは、帯刀=たてわきがなまった言葉であり、なた豆が刀のように大きく育つことからそう呼ばれていたようです。

薩摩の歴史や人物に詳しい鹿児島大学の原口泉名誉教授に、帯刀についてうかがってみました。
「小松帯刀という人物は、私が時代考証を担当したNHKの大河ドラマ『篤姫』に登場し、瑛太さんが演じました。準主役ともいえる役柄だったので、ご存知の方も多いと思います。小松帯刀は『篤姫』が放送されるまで、一般にはほとんどその名を知られていませんでした。しかし帯刀は、坂本龍馬らとともに幕末を動かした最大のキーマンの一人です。帯刀は、まだ肝付尚五郎という名であった二十歳のとき、薩摩藩主・島津斉彬に江戸詰めを命じられます。
薩摩から江戸へ旅立つシーンはドラマ『篤姫』にも描かれましたが、ここで重要な小道具として登場したのが、なた豆でした。なた豆には旅の無事の帰還を祈るという縁起があったからです。」

上へ上へと伸びたツルが、また下の方へ戻ってくることから、無事に帰れるようにとの願いを込めて、篤姫は帯刀になた豆を渡したのでしょう。江戸時代の旅が現代と比較にならないほど過酷で大変なものだったことを考えると、当時の篤姫の思いを私たちも理解することができます。
幕末に活躍した重要人物となた豆が同名とは、不思議な因縁を感じずにはいられません。
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